行動内容  2006年7月 7日間 滞在都市 プノンペン・シェムリアップ
人数2人  (渡航歴 カンボジア:4回目)

日付 行動内容 移動 備考
1 10:30成田発−14:25ホーチミン着
17:15ホーチミン発-18:05プノンペン着
ベトナム航空 951便 
ベトナム航空 819便 
2 プノンペン滞在    
3 プノンペン〜シェムリアップ 長距離バスで移動6:45発  GSTエキスプレスバスを利用
4 シェムリアップ滞在     
5 シェムリアップ滞在    
6 20:25シェムリアップ〜21:25ホーチミン
23:40ホーチミン〜
 ベトナム航空 848便
ベトナム航空 850便
7 〜07:05成田着    
成田空港までは自家用車で行き成田のパーキングに止める。
航空会社:ベトナム航空 
滞在場所 利用宿泊施設
カンボジア・プノンペン ASIA HOTEL (アジア ホテル)
2泊 (1室) ダブル 今回、長距離バスでの移動の予定があったので、バス停留所に近くて安いホテルにした。客室内はそんなにキレイではない。但し、ベランダ付だったので、ベランダに出れば賑やかな道路が見渡せる。ロビーにはレストランとインターネットエリアがある。
カンボジア・シェムリアップ GREEN  GARDEN  HOME GUEST HOUSE(グリーンガーデンホーム ゲスト ハウス)
3泊 (1室) ダブル 今回もいつものとおり、このゲストハウスを利用。どんどん改装されておりきれいになってきている。客室もきれいで、いろいろ親切なので便利だ。

●日程●

1日目 成田 〜 ベトナム・ホーチミン 〜 プノンペンへ
2日目 プノンペン  (市内観光 テゥール・スレン収容所・王宮とシルバーパゴタ・国立博物館など)
3日目 プノンペン〜シェムリアップ (バス移動)
4日目 シェムリアップ (田舎散策)
5日目 シェムリアップ (プノン・クレーン 他)
6日目 シェムリアップ (仔牛散策) 夕刻:帰国
7日目 朝:成田空港到着



1日目(成田 〜 ベトナム・ホーチミン 〜 プノンペンへ)

10:30の飛行機に乗るため、8:30に成田空港に到着。朝食を取っていなかった為、空港内で鮭定食を食べる。
待ち時間を経て、機内に乗り込む。結局1時間の遅れで離陸した。
無事ホーチミンに着き、乗り換えて続きをし、プノンペンへ行く準備をする
ホーチミンの空港内にあるカフェ。結構高いです。ネットカフェもあります。 缶ジュースはUS$3します。日本円で約360円
ホーチミンからプノンペンに行く飛行機のベトナム航空819便に乗り込む。 機内からの上空写真
カンボジアの入国する為に配られる課税申告書と入国カード。
無事にプノンペンの空港に到着。今回宿泊予定のホテルに「アジアホテル」に事前に送迎を頼んでおいたので空港出口で、私の名前の看板をもった男性が待っていた。2泊以上するゲストは送迎が無料。でもお礼としてチップは渡す。大量の荷物を一生懸命積み込んでくれた。自分の荷物はほとんどなく、援助(寄付品)がほとんどである。日本での知人などにお願いして、不要になった服やおもちゃなどを集めて貧しい人に寄付する為だ。
ホテルに到着。1Fにはネットカフェとレストランがあった。チェックインを済ませて部屋に行く。
ホテルのロビー周辺
部屋は、寝るだけなら十分な設備である。テレビ・冷蔵庫・ベランダが装備。洗面台には歯ブラシ、石鹸、シャンプーがセットされていた。
1Fのネットカフェ。金額は忘れてしまったが30分で100円いかないくらいだったと思う。ちなみに私が使ったPCは日本語対応ではなく、文字化けで全く利用できない。感を頼りにメールだけはなんとか送信した。ちょうど送信した時にいきなり、ホテルの電気が落ち、一瞬真っ暗になった。もちろんPCの電源も落ちた。長文のメールを打っている最中じゃなくて良かった・・・・・・
チャーハンと豚肉ブロッコリ炒め 魚の酸味スープ
ナスとニンニク炒め 食後のデザート
夕飯がまだだったので、夕食に出かける。疲れていた為、ホテルから1番近い中華屋に入った。料金もまあまあ、味もまあまあ。店内ではバンドと女性の歌が楽しめる。夜も遅かった為お客さんは私たちだけだった。満腹になり満足し、ホテルに戻って本日は就寝とした。


2日目(プノンペン市内観光)

翌日の朝。プノンペンは2泊3日の予定でプノンペンの街を見て周ることができるのは、この日1日のみなので時間の無駄のないように周ることにする。

まずは明日、シェムリアップまで長距離バスで移動する予定なのでバスのチケット購入に行く。
バス会社までは歩いて5分程度。今回滞在のアジアホテルを選んだ理由はバス停から近かった為である。
G.S.T EXPRESS BUS(G.S.Tエキスプレスバス)会社まで行く。その他バス会社もこの近くに集中している。

翌日の朝6:45のバスのチケットを買う。当日でも買えるのだが混んでいると乗れなくなるので念のため前日の購入のほうが間違いない。何日・どこまで・何時発などを告げてチケットを買う。私たちは大人2名分を購入。シェムリアップまでは約6時間の陸路の移動となる。プノンペンからシェムリアップまで大人US$4である。かなり安い。念のためバスにはエアコンは付いているかと尋ねると、ついてると答えた。良かった・・・・・。
チケット売り場の行き先表示と時刻表。料金も書いてある チケット売り場・朝は地元の人でごった返している。
さあ、これからプノンペンの観光の始まりです。とりあえず必ず訪れたいと思っていた、テゥール・スレーン収容所。交通手段は考えてなかった。バイクタクシー・テゥクテゥク・自転車シクロなどがある。バイクタクシー・テゥクテゥクはシェムリアップにもある。シクロだけはシェムリアップでは見たことが無いので、今回プノンペンの観光はシクロに決定。と思っているところに、おじいちゃんシクロが私たちの前に止まった。その後すぐに若手のシクロが来た。とりあえずこのシクロ2台で行くことにした。テゥール・スレーン収容所まで行ってほしい事と金額を確かめる。目的地までは距離があったが1人US2ドルで行ってくれることになった。
今回、お願いしたシクロの運転手さん2人。

当初は1ヶ所だけ連れて行ってもらうつもりだったが、他にも行きたい所もあったし、1回1回シクロを止め値段交渉も面倒だったので、この2人のシクロの運転手さんに今日1日チャーターをお願いした。
目的地のテゥール・スレーン収容所に到着した。ここは1976年5月から1979年1月までの間ポルポト政権(クメールルージュ)によって使われていた秘密拷問拘留センター、その名も「S21」だ。当時1万4千人の人々がこの政権によって虐殺され、そのうち運良く生き残ったのがたった7人だった。殺された多くの人は知識高い人で、医者、政治家、技術者などだった。
入り口で入場料を払う。
元高校の校舎だったこの収容所内は中に入ると異様な光景が広がる。このポル・ポト政権については前から興味があった。しかし詳しく本などで学ぶことは無かったが、今回ここに来てかなり心を打たれた。この時代はもう、私が生まれている頃の時代の話。私が戦争も終わり幸せな日本で家族と共に幸せに生活していた頃、この国はこの政権によって人々は苦しんでいた。

S21のこの収容所はA棟からD棟の4棟に分かれている。

訪れている人は私たち以外全員欧米人。みんな無言で中の展示品などを見ていた。
A棟の拷問室。部屋の中には鉄のベットが置いてある人間を縛り付けるようなクサリと金物が残されている。床は拷問の時に流れた血のようなシミがたくさんある。このような部屋がこの棟には何部屋も設けられていた。 各部屋に貼られている当時の拷問時の写真だ。見るだけで心が苦しくなる。
かなり狭い独房 拷問の時に使われた用具
人々が拷問された様子がD棟内一面壁に掛けられている。はっきりいってリアルである。しかし、このような時代の残虐な光景を、今現在の人々に伝えるのは言葉や文字だけではなく、こういった形の物は特に強く伝わる物がある。
この中に水を溜めて右の写真のように拷問していた
上の拷問と同じにこのドラム缶の中に水をため右の写真のように(ちょっと見えにくいが)拷問していた。
拷問のために使っていた足輪のような物。足首にはめて動けないようにする。
拷問されて血だらけ、傷だらけで目も半分死んだ目をしている。生きた目をしていない。きっともう、脳ももうろうとしているのだろう。このように拷問された人々の当時の写真が貼られている。見ているだけでつらい。
虐殺された人々の写真も貼られている。かなりの人数だ。男女、子供関係なしに虐殺された
殺された人々の頭蓋骨も置いてある。虐殺された人々の服なども置かれていた。かなりその当時の残虐さが伝わる。
とにかく、この収容所を訪れたことは、とても心に残った。今回は特にこの政権の実態も良くわからず訪れたわけだが、もし、今度来ることがあったら、是非日本語ガイドをつけ、キッチリ説明付き訪れたい。この政権やS21の謎、クメール・ルージュの当時の様子など。あとは今回訪れることが出来なかった「キリング・フィールド」と言う場所も訪れてみたい。ここは収容所で拷問を受けた後、その場所まで連れて行き処刑されたところ。この場所(村)でかなりの人数が処刑されている。処刑された人々を生めた穴もたくさん残されている場所だ。
↓★日本に帰国して★↓
キリング・フィールド(1984年の映画)
ポルポト政権(クメール・ルージュ)の映画。実際のカンボジアのキリング・フィールドを訪れてからこの映画を見ればもっと映画の内容を強く感じることが出来るだろう。
ポル・ポト 死の監獄 S21(2002年出版)
まだ、読んではないがS21の様子、政権に対することが書かれている。テゥール・スレーン収容所に訪れる場合は先に読んでから行った方が更に実態を知ることが出来るだろう。
その後、国立博物館へ行く。
館内は写真は禁止である。(最後に気づいた)
外観はとてもきれいな造りをしている。1905年に開設され、中にはカンボジアから発見された彫像や宮廷用具などが展示されている。
あの有名なヴィシュヌ神(ブロンズ製)の胸像がある。思っていたよりかなり大きかったので驚いた。
他の像も腕が欠けてしまったりと完璧な形では残っていないが、かなり美しいものが保管されている。
お供え用のお花を持って儀式のような体勢をとっている 博物館内は花を配っている人がいる。その花を像の前に置いてくださいと言う意味。像の前にはたくさんの花やお金が置かれていた。私達も花をもらい像の前に置き1ドルを一緒に置いた。このような遺跡はこの国の財産なので是非、永遠に守っていただきたい。
その後プノンペンのセントラルマーケットに足を運んだ。街の中でも最も庶民が買い物をする場所と言ってもいいほどたくさんの物が売られている。プノンペン最大の市場だ。肉、魚、野菜、果物、衣類、日用品、宝石などが売られている。マーケットはドーム型(丸型)になっている。。ちょっと見て周るには迷子になりそうだった。そのドーム内には、ビッシリ店舗が並んでいる。
肉の売り場が並んでいる。
その後、お昼も近かったので食事をすることにした。カンボジア料理を食べたいとシクロの人に言った。あまりレストランなどは詳しくなさそうだった。しばらく考えていたけど,なんとか連れてきてもらったレストラン。
「AmokRestaurant/アモックレストラン」
だ。シクロの運転手の方も、もちろん食事を取っていなかったので、店内で(別のテーブ)で食事をとるように言って一度席についたがレストランの店員に断られたようだ。他のお客さんはみな、ヨーロッパ人、オーストラリア人らしき人だった。やはり外国人向けのレストランになるのでシクロの運転手のようなあまりキレイではない格好の人が入ってくるのは店側としても余り良くないことだと判断したのか店員に外で待つように言われていた。レストランの店員は、料理をパックに詰めて外で待つ運転手の元に運んでいた。とりあえず、食事は済ませられたので良かった。
私の大好きなカンボジア料理の「アモック」。今回はフィッシュアモック(魚のアモック)を注文した。アモックはカンボジアに来るたび、数回食べる。
ここで食べたフィッシュアモックは感動!今までに何度と、色々なレストランで食べたが、ここのアモックは最高においしかった。臭みもなくココナッツのまろやかさも最高だった。今度、プノンペンに訪れたら絶対にまた行きたいレストランだ!
手前・焼きそば  奥・空心菜 生春巻き
このレストランに猫がいて私たちの席の下に来たので、フィッシュアモックの魚を少し分けてあげる。与えるだけどんどん食べていた。

食事を終えレストランを出る。
街の風景
シクロの運転手さん 欧米人を乗せたテゥクテゥク
とりあえず一度ホテルに戻り休憩を取ることにした。
帰りに通った道、目の前に「独立記念塔」が見える
昔、カンボジアはフランスの植民地だった。1953年にフランスからの独立を記念して、その5年後1958年に建てられた記念塔。シアヌーク通りとノロドム通りの交差点に達ち、かなり目立つ。中に入ることは出来ないが外からでも十分に見学することは出来る。
13:30頃食事も終わりホテルに一旦戻り、休憩することにした。シクロの運転手に「15:00に迎えに来てください」と言った。「いや、やっぱり15:30のほうがいいかな?」などと告げるが、シクロの人は「15:00オーケー」と言う。「違う、15:30だよ」15:00でも15:30でもどっちでもいいような事を言っていた。すると、どっちにしろ、その時間に再度、迎えに来るのではなく、その時間まで待っているようだ。昼寝をしながら待っていると言っていた。のんびりしてるなーと実感した。カンボジア人は「待つ」と言うことに対してイヤではないらしい。とりあえず、私たちは部屋に戻り、一眠りした。
15:30になりホテルの前に降りると、ちゃんとシクロは待っていてくれた。


次の観光地の「王宮・シルバーパコダ」に向かう。入り口前に到着するとすぐに物売りが寄って来た。ミネラルウォーターを売っている。1本30円。4本買ってシクロの運転手さんにも渡した。
その後、入場料を払って中に入る。
しかし、「あなた、その格好では入れない」と入場を断られた。腕を出した服装だったからだ。タンクトップなどでは入場拒否される。キャミソールに短パンの格好の白人たちは皆、拒否され、入口近くでウロウロしていた。しかし、私の母がTシャツの上に薄いシャツを羽織っていたので、それを私が羽織って入場することが出来た。
入場料はUS3ドルで、カメラの持ち込みは別途US2ドル取られる。そのUS2ドルを払いたくない人はいり口で預けるか、隠し持って入るかである。私はあからさまに手にカメラを持っていたので、US2ドルを払って中に入る。
王宮内は写真撮影禁止である。
シルバーバコタ内は、とにかくシルバーで埋め尽くされている。床は一部じゅうたんが敷かれている所もあるが、下を見れば20センチ四方のシルバーのタイルが床全面に敷き詰められている。シルバーパゴタ内に5329枚の銀のタイルが敷かれている。手入れがいいのか、とてもピカピカだった。その他、シルバーの食器や、シルバーのお釜など、あらゆるシルバー製品が展示してある。
シルバーバゴタの見物も終わり外に出る。外には売り子や、足や腕が無い障害者が、車椅子で入口付近に来て、外国人に声をかけ、寄付を求める。しばらく見ていると約半分の割合でお金を渡しているようだ。多分日本円で50円〜100円くらい。

そしてシクロに再度乗り、プノンペンのショッピングセンターに行く。日本に持ち帰るちょっとしたお土産用お菓子と、シェムリアップに持っていく、猫と犬の餌を買うため。
「ソリア・ショッピングセンター」に到着。地下1階・地上6階の建物だ。ホテル以外でこのような高い建物は珍しい。家族連れ、カップル、学生などが多い。店内もきれい。
中にはフードコートやスーパーマーケットも入っていてかなり便利。
電気売り場では前が見えないほどのお客で何を売っているのかと思い見てみると携帯電話だった。今はカンボジアでもかなりの普及率な携帯電話。やはり人気が高いらしい。安いもので1台US35ドル。高いものだとUS200ドルの物もある。

あと、おもしろかったのがエスカレーター。エスカレーターはこの国ではまだとっても珍しい。空港などを除けば私たちもこの国でお目にかかるのは初かもしれない。しかし私たちはいたって普通な乗り物。現地の若い子達はこのショッピングセンターにはいつも来ているのであろうか、もう乗り慣れている。しかし、おばさん・おじさん連中にはちょっと難しいらしい。60歳くらいのおばさんが乗るのにとても怖がって先に進まない。両腕を娘に抱えられ、やっと1歩を踏み出した。降りる時もまた大変。絶叫マシーンにでも乗るほどのリアクションだった。小さい子供も同じ。やはりお父さんにしがみ付いて今にも泣きそうな顔していた。階段が折りたたまれ吸い込まれていく感じが怖いらしい。

一通りウィンドウショッピングも終わり、センター内にあるスーパーマーケット「ラッキー・マーケット」でお菓子のお土産と猫と犬の餌を大量に買った。かなりの量で店員さんが外まで運んでくれた。犬と猫の餌をだいぶ買いすぎた・・・・・・。夕飯も近かったので中にあるハンバーガーショップで夕飯も購入した。シクロの運転手さんの分も買っておいた。
ショッピングセンターのテラスからプノンペンの街を見下ろす。
今日、1日のプノンペン観光は無事終了した。シクロの運転手さんもご苦労様。最後に私の運転手さんに年齢を尋ねると65歳だと言うことだった。なんだか、高齢者を若者が利用しているみたいで申し訳ない・・・・・・・。一応、昼食、夕食もおごってあげたので、それは感謝された。1日チャーターで1台・US10ドルだったが、だいぶお世話になったので、チップをUS10ドル渡し。合計:1台20ドル渡した。とりあえず、お互い満足だったので良かった。

その後、部屋でテイクアウトしたハンバーガーを食べる。明日は早朝のバスに乗るため早く寝る。

3日目(プノンペン〜シェムリアップ バス移動)

朝6:45のシェムリアップ行きのバスに乗るため朝早くおきて準備をした。バスターミナルまではすぐ目の前。だが、荷物が多い為、歩いてはいけない。シェックアウトを済ませてホテルの外に出るが、ちょっとまだ薄暗い。テゥクテゥクもほとんど走っていない。たいがい、バスターミナルまでの距離であれば1ドルでいける範囲だがこの荷物でしかも人間2人。荷物を積んだら人を乗る場所なんて無い。なんとか無理やり乗ってバスターミナルまで行く。金額は3ドルで交渉成立。安くは無いが、荷物の積荷まですべてやってくれたのでチップも足してお互い満足。
バスに先ほどの荷物を積み込む。あたりは徐々に明るくなってきた。6:45の出発だが、遅れているようだ。周りの人の動きなどを見ながら出発の時間を待つ
途中、こんな物を発見。車の給油口。フタをなくしたのか、ビニール袋を詰めているだけ。
バスの出発待ちの時間にいろんな売り子が来る。朝食のパン、フルーツ、朝食はかなり売れていた。しまいにはサングラスまで。これはあまり売れ無そうだけど。
予定より30分程度遅れたものの、バスは無事にシェムリアップに向けて出発した。乗客はほとんど現地人。観光客らしき人はいない。
2時間くらい走ったところでトイレ休憩の為バスは止まった。トイレや屋台などがある。
トイレの入口。トイレというか家である。普通の一般の家に「WC」と書いてしまってるだけ。中に入ると、ワンルームにベットと棚が置いてある。トイレはどこかと探すと、一つ怪しげな扉があったので開けてみると、まさしくトイレ。電気もなく紙もない。カギは半分壊れている。もちろんボットン便所。ハエもたくさん出迎えてくれる。ある程度予想はしていたのでポケットティッシュ持っていって正解だ。
バス休憩所で売られていた佃煮?これはクモ?たぶんクモだと思うけど。
約、6時間を経てシェムリアップに到着。バスが到着するとテゥクテゥク(カンボジアのタクシー)の客引きがすごい。すごすぎてバスから降りられない。とにかくかき分けて荷物を受け取る。それでも、なお、客引きはおさまらない。「ゲストハウスに迎えを頼んであるからイラナイ!」というと、おとなしくなり引き下がった。ゲストハウスに迎えは頼んであったが見当たらない。知人に連絡をしてゲストハウスに連絡を入れてもらうように頼んだ。すると、私の名前の看板をもった男性が現れた。うまい具合に会えなかったらしい。その男性は1時間半待ったらしい。その後荷物を車に積み、ゲストハウスに向かった。
ゲストハウスの中庭。部屋はベットが2つ、ホットシャワー、冷蔵庫、エアコン、テレビ付で1泊$20.

他のゲストハウスよりもかなり割高だが、設備やサービス、立地条件も良いので毎回、このゲストハウスを利用する。他のゲストハウスは1泊$4もあるが、エアコン無しの水シャワーだったりするので、私には無理である。
ゲストハウス敷地内のプール。最近作ったらしい。
バスルーム 部屋内
昼食をとっていなかったので、知人も誘って近所のレストランで食事を取る。私の大好きな「フィッシュアモック」を注文する。
この日は長距離バス移動で疲れたので部屋でのんびりする。
あっという間に夕飯の時間。テゥクテゥクを使って、オールドマーケット近くのインドレストランに行った。この日はカレーを食べると決めていたので満足できた。
レストラン前に置いてある看板型メニュー 店内の様子
注文したのは、ガーリックナンとココナッツチキンカリー。
お腹も満たされ、ホテルに帰って休むことにする。明日は出かける予定があるので早めに寝る


4日目シェムリアップ(田舎散策)

今日は、田舎散策の予定で早起き。
ゲストハウスの中庭で朝食を取る。間もなく、知人が車で迎えに来てくれたので、出かける。
まずは、とにかく田舎へ向かって走る。アスファルトではなく、デコボコ道の土の道路を走る。だんだん、緑が多くなってきて田舎の家々が見えてくる。
ある民家前で車を止めると何かを、一生懸命編んでいる。家の外壁や屋根につける材料を編んでいる。
鳥小屋。私の背丈と同じくらい。はしごは何のためだろう?
水牛と少女
カンボジアの焼き菓子だそうだ。5個ばかり買ってみる。1個約3円くらい。食べてみるとフアフアしてておいしい。ちょっと甘味を控えたマドレーヌのようなお菓子。
これはバイク用ガソリンスタンドである。ペットボトルにはガソリンが入って売られている。
知人がタイヤに空気を入れると止まった。このような空気を入れるようなお店は結構ある。 1ケ所に空気を注入して約15円程度。
カンボジアでは欠かせないバイク。街中でも田舎でもどこでも走っている。1台のバイクで家族5人乗った人達もまれではない。
とある村の中に、八百屋さん(食材屋)だあった。たくさんの大人達が集っていた。
干した小魚も売っている
カメラを向けると照れてしまうらしい。
この八百屋さんにいた赤ちゃん。日本から持ってきた赤ちゃん用の洋服をプレゼントした。 持っていったお菓子をあげると必死に食べている。
とりあえず、昼食の時間なので街に戻る。食事をして、1度ゲストハウスに戻り休憩をしてから午後また出かける。知人も1度帰ってまた、午後迎えに来てくれるそうだ。
焼き魚
焼き飯 空心菜の炒め物
食事を終えてゲストハウスに戻り、その後、近辺を散歩しているとバナナ揚げを売っていた。このおばちゃんも4年間同じ場所でパンや駄菓子を売っている。初めてカンボジアに来た時も同じ場所でお店を開いていた。今年はバナナ揚げと言う新しいメニューを販売していた。20本くらい買って、今日、訪れる民家の手土産とする。
午後2時くらいにゲストハウスに知人が迎えに来てくれて、とある家に行く。
この家は毎年遊びに行っている。出会いは初めてカンボジアに来た時。観光バスには私たちだけだったのでガイドさんが「どこか行きたい所はありますか?」と言ってくれたので「田舎の民家の家の中を見てみたい」とお願いし、ガイドさんも全く知らないただの民家にお邪魔することになった。急に観光バスが家の前に停車し、私たちのような外国人が家の中を見せてくれと訪れたので、はじめはかなり驚いていた。何事か近所の住民も珍しそうに見ていた。という流れが出会いのキッカケ。今回はこのお宅に遊びに行くのは4回目。もうお互いにだいぶなれた。毎年、子供たちのお菓子とおもちゃや衣類などを寄付している。毎回、とても感謝される。

写真・女性・いつもお邪魔しているお宅の奥さん。
私が猫好きの事はこの家の住人と近所の人間は知っている。私が訪れると、子供たちは走って家に帰り、私のところまで猫を連れてきてくれる。今年もたくさんの子猫などに触れることができた。


写真・子供・いつもお邪魔している奥さんの子
去年も大量の猫餌と犬餌を持ってこの民家を訪れた。しかし、去年はその餌の缶詰は重く、日本から持ってくる際に重量オーバーで過荷料金を5000円近く取られてしまった。

今年は現地調達を考えており、プノンペンに行った際にスーパーマーケットで大量に購入した。金額は、結構高い。日本と同じくらいだった。プノンペン〜シェムリアップまで運ぶのはちょっと重かったけど、バスだったので問題なし。ちなみにシェムリアップでは猫餌、犬餌は種類が豊富に売ってないのを知っていたので今回、首都のプノンペンで購入し、運んできた。
ちょっと嫌がっている猫。ニャー!
民家の人々と近所の人。近所の人といっても親戚関係が多い。
お菓子は皆、平等に配り、おもちゃはケンカにならないように、くじ引き方法で配った。そして、衣類はサイズなどもまちまちなので、適当に配ることにした。しかし・・・・収まりがつかない。みんな「チョウダイチョウダイ」で押すわ、わめくわ大変である。
奮闘が起こるのを避け、通訳をとおし、並んでもらうように言った。小さな村全体の人間が並んでるんじゃないかと言うくらい、あっという間に長い列が出来た。始めは10人くらいだったのに、最終的に50人近くまでなった。一番後ろの人は何で並んでいるのかわかっているのだろうか?服はすべて日本から持ち込んだもの、自分の着なくなった服、家族のものや、知人などにお願いして着なくなった服や子供服までも寄付してもらい、今回持ち込んだ。しかし、大量にあったはずの服はあっという間に無くなった。

服はダンボール箱4個分。お菓子は45リットルのゴミ袋2袋分。おもちゃはダンボール3箱分。この大量の寄付品は無事にこの村人に渡った。
いつもお邪魔している奥さんのお父さん。去年撮った写真を使ってTシャツ(アイロンプリント)を作ってあげた。ちょっと照れている。
近所にいた子。とてもカワイイ笑顔。カンボジア語で「笑って!」は「サーイ」と言う。写真を撮る際には子供たちに「サーイ」と言うとみんないい笑顔をしてくれる。
この日は夕方近くまでこの、家で遊んでいた。街に戻り、食事をして、本日は疲れたので休むことにした。


5日目シェムリアップ(プノン・クレーン 他)

今日はもう一人の知人とどこかへ出かけようと話していた。もとはこの知人の紹介で前日に会った人と知り合いになった。2人とも日本語のガイドや政府関係の通訳の仕事をしている。今日出かける前にサッカーの練習があるから見に来たら?と言われたのでちょっと足を運んでみることにした。練習場まではゲストハウスから歩いて20分くらいだった。行ってみると、朝早くからみんな練習をしている。練習が終わったらみんな、仕事だそうだ。カンボジア人は朝から元気だ。
しばらく、練習の様子を見ながら朝の時間を過ごした。
練習場の観客席には小学生くらいの裕福そうではない子供が何人かいた。何をしているのかと思うと、サッカーの練習をしている人たちが飲んだミネラルウォーターの空ペットボトルを集めている。空を集めて業者に持っていくとお金がもらえるらしい。カンボジアでは何故か、買う時は安いがリサイクルとして売るほうが高くなると言っていた。
サッカーの練習も終わり、知人は1度家に帰ってシャワーを浴びてくるとの事で、私たちをゲストハウスまでバイクで送ってくれたあと一度解散した。1時間後、車に乗り換えた知人がゲストハウスまで迎えに来てくれて、外で朝食を取り、本日、郊外のドライブ(最終目的地:プノン・クレーン)にでかけた。
街の途中で知人のお勧めのレストランで朝食を撮る。カンボジアラーメンと焼きそば。
プノン・クレーンに行く道の途中。穏やかな道に見えるがかなりデコボコで大変だった。途中に料金のチェックポイントがある。料金は一人20ドル。ここは通行できる時間が決まってる。登る方向は(行き)は朝6:00〜12:00まで。その時間以降はもう、行くことが出来ない。道が悪く、狭い為、午前中は登る方向に一方通行。午後は下りの方向に一方通行になる。

この山はライチの木が多いことから「ライチの山・プノンクレーン」と呼ばれているそうだ。約2時間半かけてその、プノン・クレーンについた。川の中にはリンガ(男性器)とヨミ(女性器)が一面に彫刻されている。その他、ヴィシュヌ神とブラフマー神なども見られる。しかし川の水が多い時期などは、少し中のほうに入って見ないと見られない。
このあたりの彫刻は乾季のときに彫り、雨季になり水に浮かぶ彫刻であるそうだ。精霊の水に埋まった遺跡。またアンコールワットとは違った遺産を見ることが出来る。
この辺は町からだいぶ離れているのでとても静かだ。川の流れの音とすばらしい彫刻と共にゆっくりした時間が過ごせる。
その後キレイに整備された階段を上っていくと一番上に巨大な砂岩から掘り出された9.4メートルプリア・アントンがある。
階段で出会った、赤ちゃんリスを連れた少女に会った。目をつぶりながら、バナナをペロペロしていた。とってもかわいかった。
階段の途中に子供たちが座っている。お小遣いやお菓子をもらう為に座っている。
一番上までいくとキレイな階段がある。この階段を上ればプリア・アントンの像のところまで行かれる。しかし、土足厳禁。靴を脱いで上がることになっている。靴の見張り番として子供たちがたくさんいる。像を見て帰ってくると靴を手渡してくれる。そして靴の見張り番をしてくれた子にはお小遣いをあげる。100リエル程度渡す。3円程度だ。ここではそれがお決まりらしく、カンボジア人も全員このような方法で観光する。ちなみに日本人の観光客はかなり少ない。普通のツアーではなかなか足を伸ばせない場所だからだ。
このお寺には観光客のお手伝いの為にたくさんの子供がいる。靴の見張り番、荷物の見張り番、案内役など。
階段を上るとプリア・アントン像が寝ている。かなり大きい。
像の前にはお供え物やお賽銭が、山のようにある。お賽銭泥棒を避ける為にも警備員がいる。


登ってくる前に売店などがある場所がある。そこには大きいお金を100リエルに両替する場所がある。
カンボジア人や他の観光客も100リエル札束をたくさん持って上に上がる。子供たちへのお小遣いやお賽銭用などとして。
見物も終わって下に下りる。屋台がたくさんあるところで昼食の食材を購入。
焼き魚を購入。
知人の知り合いの奥さんがこの山に遊びに来ていた。知人は奥さんが来ることは知っていたらしい。たまたま会ったので一緒に食事をしないかと誘われて、ご一緒させていただいた。奥さんの身内の人がプノンペンから遊びにきていてみんなを連れてこの観光地に来たと言っていた。この場所は川も近くて、カンボジア人にとって良いピクニック場所として有名らしい。
奥さんの手作りのお弁当や、私達が屋台で買った魚を広げて食事をとる
川沿いでの食事は気分がいい。
食事をしているところに来た犬。お肉を上げると喜んで食べた。 近くには滝がある。滝に打たれたり、水遊びをしてみんな楽しんでいる。
食事を終えて少し散歩をしたあと街に向かって帰ることにした。途中でバナナ売りがあった。この辺のバナナは大変おいしいらしい。知人もお勧めと言っていた。しかし、この量は食べきれない。日本まで持って帰るわけにも行かないのであきらめる。でもこの房でのバナナの売り方は日本ではまず、見られないだろう。
帰り途中、雨が降ってきた。放牧されていた牛たちが急いで帰りの路についていた。みんな並んで道路を歩いている。
途中、魚取りをしている人たちを発見。車を降りて様子を見てみる。数匹釣れているようだがかなり小さい魚だ。焼いて食べるわけにはいかなそう。聞いて見るとスープに入れて食べるそうだ。今晩の夕飯の調達と、遊びも兼ねて釣りをしていると言っていた。
途中緑がたくさん。
帰り途中でアンコール遺跡を外から見ることが出来た。やはり最も有名な観光地だけあって人がたくさんいた。
アンコール遺跡群は3年連続訪れている。4回目の今回は観光しなかった。
街まで着き、ゲストハウスに一度戻って休憩。その後インターネットカフェに行った。シェムリアップに来ると数回は足を運ぶところである。メールのチェックと情報収集だ。街の中の店舗だったらどこも、1時間1ドルくらいで利用できる。但し、DSLなどの高速ケーブルではないので、かなり遅い。おそらくダイアルアップ回線の56Kかな?通常の作業の倍は時間がかかる。
ネットカフェ内の様子。お店により、ライブチャット用のWEBカメラ装備のところもあった。
今日一緒にいた知人と夕飯を食べることにして再度、ゲストハウスまで来てもらった。知人が友達と良く来るレストランだそうだ。料理はカンボジアレストラン。常連さんらしくメニューにないものまで作ってくれたり、料金もだいぶ安くしてくれた。味も最高だった。
帰りに知人の家にお邪魔した。知人は政府関係の通訳や、大使館関係の通訳などもしている。同様に日本語の遺跡ガイドとそしても働いている。自宅内には国からの表彰状などがたくさん飾られていた。12畳くらいのワンルームにトイレ・シャワーがついて1ヶ月約6000円の家賃だそうだ。知人宅で雑談をした後ゲストハウスに送ってもらって本日は早く寝た。


6日目シェムリアップ(シェムリアップ他 夕刻:帰国)

今日はカンボジア旅行の最終日。朝早くおきて近所を散歩する。ちょっと裏路地に入ると街中のガヤガヤした感じとは変わって、のどかな生活感ある光景がある。
氷屋さん。トラックの荷台の上で氷を切る少年。
各家で飼われているワンちゃんがご近所のワンちゃんと遊ぶため、外にはたくさんのワンコがいる。ワンちゃんも自由にお友達のところに遊びに行けていいね!
近所のおばあさま。この人は3年間毎年見かけた人だ。基本的に街が小さいので、1度会った人は、翌年、同じ場所に行けばたいてい、会える。
カンボジアには公衆電話が無い。変わりにこのような看板が、あちらこちらにある。これがカンボジア式電話ボックスである。店の前に「012=300」「011=300」などとかいてある看板があるので、その店の人に電話を使いたいと言えば携帯電話が差し出される。看板に書いてあるのは料金表示。012の局番は1分300リエルと言う意味。掛け方は日本と同じ。通話が終わったら店の人に電話を返せば、何分話したか見てくれるので、その分の料金を払えばよい。知人の携帯にかけることが多かったので、かなり使用度は高い。料金表示の無いところ(文字のシールがはがれてる場合がある)はあらかじめ聞くか、ちゃんと料金表示のあるところを使おう。
ゲストハウスに一度戻り、知人の迎えを待つ。ゲストハウスの中庭にはここで飼われている犬が3匹いる。一番小さい(多分まだ子供)ワンちゃんは、呼ぶと喜んで私のところまでやってきます。そのまま部屋まで呼べば部屋の中まで入ってきます。そして部屋の中の匂いをかいで一通り点検して出て行きました。
朝10:30くらいに知人が迎いに来ました。今日は仔牛探しに出かけたいとリクエストした。特にあても無く車を走らせる。走ること30分くらいで緑が多くなり、牛さん達も目立つようになってきた。とりあえず、車を止め、写真を撮ったり、触ったりと楽しみました。そんなに凶暴でもなくおりこうさんでした。ただ、ちょっと怖がっている牛さんもいました。
さらに、走ると、やっと小さな仔牛さんに遭遇。お母さん牛さんと仲良くいました。
お母さん牛も、仔牛もとってもおりこうさんでした。たくさんの写真を撮り、触れ合いました。仔牛探しドライブは大成功でした。
その近くにいた子供たち。お菓子を持っていたので分けてあげた。8人くらい集まってしまった。しかし、いつでも子供たちにお菓子をあげられるように、車のトランクにはお菓子がたくさん入っているので何人来ても大丈夫。
仔牛のふれあいも無事終わり、昼食をとるため街に戻る。メニューは空心菜・ナスとひき肉炒め・魚のあんかけ。このナスとひき肉の炒め物は最高においしい。毎年、このレストランで食べている一品である。
食事が終わったあと、オールドマーケット前で降ろしてもらった。知人はそのまま、帰った。夕方、空港まで見送ってくれるとい言う事で再度会う予定である。
オールドマーケットで購入したシルバーピアス。
オールドマーケットをぶらり散歩しながらお店などを見ていると、1匹の仔猫を見かけた。誰も飼っている様子はなく、とっても痩せていて汚れていた。欧米人の観光客などもみんな足を止めて気遣ってくれた。私は屋台に走って魚を買いに行った。ほぐして少し与えてみるがあまり食べない。この日は風が少し強くて、その風におびえていた。とにかく気がかりでたまらなかったが、仕方なく魚を山盛りにしてその場を跡にした。。この日は帰国の日だったのでこれ以上は関与できない。知人にこの事を話したら様子を見に行ってくれるということだった。その人も家では2匹飼っている。もし可能だったら飼ってもらえるように頼んで帰国してきた。その知人も3匹目を飼いたいと思っていたらしい。とにかく幸せになってもらいたい
今日の帰国の便は夜遅い。夕飯はこの街で食べてる時間がない。乗り継ぎ空港のホーチミンでも空港内はたいして食事をするところはないので、オールドマーケット近くにあったインド料理屋でチーズナンとフライドライスを持ち帰りした。空港でお腹が空いた時の非常食。
帰国便は20:30なので知人がゲストハウスに18:00に迎えに来てくれた。チェックアウトをして、空港に向かう
途中、車の中で知人と知人の知り合い(車を出してくれた運転手さん)にお土産をもらった。カンボジアの布小物とシルバーアクセサリーです。今回もお世話になりました!大事にします!
空港に到着し、荷物を預け、チェックインを済ませて空港内へ。シェムリアップの空港は毎年進化してきた。初めて空港を利用した時は小さな売店が一つと別階にレストランがあった。去年はアジアンなお土産屋が出来ていた。今回はチェックインカウンターも増え、空港内にはお土産屋も増え、カフェやインターネットスペースまで出来ていた。待ち席の椅子の座り心地も良く、だいぶ快適にフライトを待つことが出来た。ちなみにホーチミンの待ち席は硬いベンチのようなので腰が痛くなります)
シェムリアップ空港内に新しく出来たカフェ。インターネットも出来るようにパソコンも置いていある。
まずは乗り継ぎ地のホーチミン空港まで向かう。
ホーチミンのお土産屋。夜遅くても賑わっている。
去年に比べてお店も増えていた。
硬い椅子で座りにくいのが困った。
ホーチミン空港で、成田行きの飛行機を待つ。帰国便も約1時間遅れで成田に向けて離陸した。



7日目 朝:成田空港到着

日付を超えて、翌日の朝8時半頃、無事に成田空港に到着。去年はベトナム航空のオーバーランの為シェムリアップ空港が急遽閉鎖になって、大変だったが、今年は多少の遅れがあったものの、無事に帰国できた。今回の旅は、初めて滞在したプノンペンも含め、シェムリアップでもだいぶ満喫できた。大好きな動物に触れ合ったり、村の人々との出会いなど、また一つカンボジア旅行の思い出が出きた。



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